「マインドマップ資格試験勉強法」改
「NLP資格試験勉強法」公式ブログ版2026年4月24日号
本誌はNLPの観点から合格を目指せる勉強法を提案します。
合格者は自らがこれ自身になれる勉強を行えた。
NLPはその人たちに共通する思考と行動にも注目する。
本誌は合格を目指す貴方にその神髄を提案して合格を支援します。
受験生に共通のルールの後にどうされましたか
こんにちは近藤哲生です。前号お題は「受験生に共通のルール」でした。そのルールは資格試験の合格基準。受験生が試験に合格したければ事前に公開された基準点を満たせば合格者になれる規定。学歴や職歴、年齢や性別、それらに無関係に受験資格を有してそのルールだけ満たせた者は誰でもが合格者になれるとしたお約束。
それを改めて認識されてどうだろうか。例えば「っても、勉強苦手だし無理ゲー」とやはり思ったかもしれない。だが、「そりゃそうだ、三流私大卒だけど合格すれば有資格者だよね」と思い直せもする。「女の子に道は開けてないから諦めなよ」と言った訳知りのお説教も完全に無視できる。だって基準点さえ取れば合格だから。
筆者は勉強嫌いの為に、三流私大の建築学科にギリギリで入学して同様で卒業。決して合格率が低くない「一級建築士に合格するなど俺には無理」と長期の受験生時代にグズグズと思い悩んだ。だが「合格したけりゃ基準点を取るだけジャね」とある時に上記のルールを再認識した。で、一念発起で勉強をして見事に合格した。
上記「見事に」の自画自賛的な文言は、学科試験が終了した直後から提供されていた有名某資格試験予備校の解答速報つまり合否予想に依って自己採点した結果、例えば多くの受験生が苦手にする法規と構造は25/30前後と自分でも驚く得点で相対評価でも合否が決まる一級建築士に優位な合格を果たせたことに由来する。
勿論、上記は自慢話がしたいのでなくて、再認識つまりメタ認知があれば自分のような勉強嫌いでも合格点を優に超える勉強をすることができた事実をお伝えしたかったのだ。それに気づかなければ高学歴だろうがプラチナ職歴だろうが合格はおろか合格を目指して勉強を続けることは無理。人の知性はメタ認知で激変するからだ。
追い込み期に繰りかえされる受験生の嘆き
夏期に受験ならばこの時期は将に追い込み期に突入した。
で、だよ、次のようなお嘆きは毎年のように漏れ聞こえてくる。
「模試の得点が右肩上がりならなくて焦る」
「過去問を三周解いたけど正答率が頭打ちでヤバイ」
「過去問の解答解説を読んだはずなのに誤答し続けてもうヤだ」
ここまで読み進めてきた皆さんそして貴方はどうだろうか。例えば「オレ・アタシは順調で本試験が楽しみ」であるのならば受験生として実につきづきしい。ここから先へ読み進めるのは一切が不要。即刻、合格を確実にできる様に勉強に身を転じられたい。だが「実は俺・私もそうなの」と内心で頷いたのであれば次に進まれたい。
効果的な勉強法も心理状態が整っていなければ馬耳東風。右から左に抜けて去る。そうなる事態に至ることを回避できるように、今回もノウハウ的な話よりもメンタルケア的な話をする。さて、前述した嘆きはこれをどうしたら解消できるだろうか。「そんなのは根性と気合いだぜ」で吹き消せるなら誰も苦労はしない。
受験生の悩みを吹き消す方法
その方法が「ヒャクエム」式メンタルセットだ。勿論、それは筆者の造語で、「」で括った標題はアニメ化されて衆目を集める魚豊作の漫画を表す。魚豊は「チ。」でも感動の視線を集めた。今回は百㍍走の競技者に関わる心理描写で鮮やかな作風を展開。特にその中でも様々な名台詞が筆者の心を鷲づかみにして閃きを与えた。
高校時代、主人公トガシは登壇した財津から次の言葉を聞く。
「浅く考えろ」
「世の中舐めろ」
「保身に走るな」
「勝っても攻めろ」
ヒャクエム式メンタルセットその1
これを耳にした私はこう考えた。「浅く考えろ」はアレコレと自分の不利さを深掘りするのでなく「基準さえ満たせれば合格ジャね」と思えばこと足りる現実を意味する。冒頭で記したように、学歴や職歴、年齢や性別、勉強が得意か不得意か、それらを浅く考えろ。受験資格さえ有していれば合格を目指すことに無関係だと。
「世の中舐めろ」はこうだ。例えば法規や構造を苦手にしていようが、ましてやスマホ依存症だったりアルコールに同様だったり、そうでなくても毎週末に異性と遊び呆けていたりしようが、合格基準の得点を満たせれば「そんなの関係なく合格できるんジャね」と舐めてかかれ。合格基準の得点さえ獲れれば良いのだよ。
「保身に走るな」は「苦手科目はギリで合格できそう」と我が身可愛さの危ない受験勉強をするなと私に聞こえた。勿論、ご時世からしてコスパやタイパが大事と思いたい。だが、保身的なギリの合格を目指すと実に危ない。ご案内の通りに試験は難易度が毎年変動する。ギリで合格のつもりがギリで不合格に陥るからだ。
「勝っても攻めろ」は前述の反転に思える。例えば、「勝っても」は、予備校の答練や模試で合格確実の予想を得ても、尚より堅実な合格を目指して「攻めろ」に導く。地道にコツコツと勉強を積み重ねる。仮に過去問の周回を5回完了して正答率もほぼ百でも更に周回を重ねよと。合格者の多くはそうして合格点を奪取するからだ。
「それって精神論だから無理」は本当だろうか
前述はこれをどうお考えだろうか。「それって汗臭い根性論よね」かもしれない。私も精神論や気合いとは無縁な根性無しであるからその気持ちは決して他人事にできなかった。けれども「ヒャクエム」を読み進めて眼から鱗が落ちる心境に至った。そうなれたのがトガシが社会人の競技者となって海棠の言葉を聴く場面だ。
「”現実”ごときが俺の意志には追いつけない」
「俺の勝利が非現実的なら俺は全力で現実から逃避する」
「現実逃避は俺自身への期待だ」
「俺が俺を諦めていない姿勢だ」
「たとえどんな 正論 洞察 真理 啓蒙をふりかざそうと」
ヒャクエム式メンタルセットその2
「”現実”ごときが~以下省略~」はこう聞いた。”現実”を「自分は一発合格ができなかった勉強嫌い」「そもそもが一浪してもギリで入学しでギリで卒業した三流私大卒」など云々と読み替えた。「俺の意志」は合格基準さえ満たせれば合格できると浅く考えて合格するとした自分の志とすれば、自分の現実など無関係だと。
「俺の勝利が~以下省略~」はこう思えた。「俺の合格が非現実的だったから、俺は全力で勉強して”現実”から逃避したんだ」と。事実、合格を果たせた三十数年前も「学科試験は過去問を周回すれば合格できる」と知っていた。で、全力を挙げて将にトラックを周回する走者のように過去問を周回した。その解法を頭に刻み込んだ。
「現実逃避は~以下省略~」と「俺が俺を~以下省略~」は自らのエールだ。これさえ思い続けられれば、そこらに散在する他人の言葉に満ちたモチベ本や自己啓発本などの一切が不要。自分の足に馴染むのが履き慣れた靴で有る事に似て、左記の2つを思えればその言葉は砂地に水か染みこむように心に浸みる。勉強したくなれる。
「たとえどんな~以下省略~」は今の私にも意欲を与える。既に筆者は齢七十である。世間の「正論 洞察 真理 啓蒙」から心身の衰えを悩みもする。だが、世の中がそれらを「ふりかざそうと」私には無関係だ。惚けているかもしれない頭からこうして文字を打鍵している。若い受験の貴方なら以上だけで勉強に励めるはずだ。
今回の「ヒャクエム」式はノウハウに至る前に紙数が尽きた。
次週まで惚けていなければノウハウに触れる予定だ。
「ヒャクエム」式メンタルセットで頑張れ
GoodLuck

