「マインドマップ資格試験勉強法」改
「NLP資格試験勉強法」公式ブログ版2026年4月10日号
本誌はNLPの観点から合格を目指せる勉強法を提案します。
合格者は自らがこれ自身になれる勉強を行えた。
NLPはその人たちに共通する思考と行動にも注目する。
本誌は合格を目指す貴方にその神髄を提案して合格を支援します。
合格を目指す為の過去問の周回法はどんな調子ですか?
こんにちは近藤哲生です。前号尾お題は「過去問の周回法」でした。その目的は言うまでもなく合格を目指すこと。それ以上でもそれ以下でもない。ただただ合格を目指す。具体的に言えば、合格基準である各受験科目の最低点とその総点の得点を獲得する。決して、「真面目に」や「キチンと」と勉強することでない。
そうではなくて合格する為に大事だから繰りかえす。設定された合格基準である各科目の最低点とその合計である総点を「本試験」で獲得することが、合格を目指す事の実態だった。例えば一級建築士試験の受験生であるならば、各受験科目で過半以上の得点とその総点で百点(変動幅を考慮しての安全値)を獲得すること。
以上の為に有用な学習法が、資格試験の本試験でその設問はこれの八割が過去問の組み合わせであるから、過去問の解き方を覚えさえすれば科目と総点の合格点を自動的に獲得できる、例えば各科目で八割の得点を獲得したら総点の同様になる理路によって、その過去問を繰りかえして解くつまり周回する方法だった。
過去問の周回に際してよくあるお嘆き
試験が視野に入るこの追い込み期、よくあるお嘆きがこれ。
「過去問の周回が大事と思いたいけど…」
「過去問の周回って退屈でウンザリするので…」
「仕事で役に立ちそうもないのにこれって意味あるのか…」
確かに勉強で遭遇するナイチャラ係数とかカンチャラ公式とか無意味に思える。
そう思わなくてもSNSのチャットやそのイイネ、お気に入りの動画配信が気になって勉強どころの話じゃなくなる。そうでなくても職場や交友の人間関係で頭がいっぱい。大事に思えない退屈でウンザリする過去問を一度ならず二度、三度そして確実な得点を目指す為に五周回するなんてマラソンじゃあるまいし冗談じゃない。
その一方、医師・弁護士・公認会計士の有資格者、秀才であっても資格試験の合格法として過去問の周回は有用である体験を力説する。これは言わば資格試験の合格を目指す為の公理とも言える。受験生は前門の虎後門の狼に挟まれて身動きができない。この状況でどのようにして過去問の周回に取り組むことができるのか。
過去問の周回に意味の有無を問うな意味を創れ
その答えは例えば「そこに山があるから」と登山家ジョージ・マロリーは言う。その原文は「Because it’s there」であり「it」とは単に山でなくエベレストであるとも言われる。いずれにしても、これを引いてくれば「そこに本試験があるから」即ち「そこに挑戦する価値のある受験があるから」である。この説はどうだろうか。
勿論、「このAI時代にその価値って唯の紙切れジャね」や「その価値って5年いや3年もしたらAIに取って変わられるから無駄だよね」と言う論はありえる。例えば、数年前まで手間のかかった法文データベースのPythonプログラミングや脳神経学の学術的な情報収集もAIにそれを依頼すればサクッと終わらせられるのだから。
だが、そうで有っても過去問の周回、つまり受験勉強の中核を完走する方法は「そこに挑戦する私的な価値のある本試験があるから」と自覚することだ。挑戦は単に考えたり思ったりなどの観念的な行為でなく参考書や法令集を捲りそれに目を通しその内容を声にする身体性を有する。これは身体の無いAIが決して及ばない経験値だ。
AIが絶対にできないこと
そう言えば、AIが決して果たせない課題が発見された。それは人生のエッセイつまり人生を語ることだ。人生は身体性に息づく。経験という培地に育つ。身体、経験をリアルに有さないAIが決して語る事のできない領土である。だが、資格や聴覚や身体感覚を通した経験としての受験勉強は仮想でなく人生そのものだ。
加えて、価値は世間の正論や評判そして啓蒙など無関係に個人が私的に見つけるむしろ創ればよい。これを固有に把持していれば、「資格って意味あんの」と人から聞かれたら「だから何」と反問すればこと足りる。これを端的に言えば、蓼食う虫も好き好きであり、恋人のようなもの。世間様の知ったことじゃない。
更に、本試験は性別や学歴そして年齢も一切が無関係、受験資格を有した老若男女が試験会場と言う場に介して、試験時間と言う有限の時間で合格点を目指めざす公平な場、例えて言えば知的なマラソンである。試験問題に難易の変動があるが、資格試験の競争は回りとでなく自分とのこれである。合格水準を満たせれば合格だ。
過去問の周回は自分次第
合格の可否は実に単純明快。何やら訳の分からない職場の人事考課に比して、自分が合格基準に満たせなければ不合格、それを満たせれば合格。他人の私情が入る余地が全くない。加えて性格が地味だろうが根暗であろうがましてや趣味や好みがオタクであろうが、もっと言えばサイコパスであろうが合否にはこれらが全く関係がない。
加えてマラソンランナーが日々の練習で脚力を鍛錬するように、受験生は日々に回数と質とを管理しながら過去問を周回することで合格の可否を選べる。回数は過去問を繰りかえして解くことの量であるし、質は集中度や解法にかかわる理解度のこれだ。自らが量と質の積を好きにできる。勉強の重みを自在に制御できる。
実際、そうすることで過去問の正答率やひいては答練や模試の得点を右肩上がりにできる。その勾配の延長線が合格水準を満たせる見込みを確実にできる。貴方が貴方を諦めない限りそうできる。貴方がご自身に過去問の周回を単なる作業でなくそれに知的な楽しみや価値を見出す対象とすれば過去問の周回の見え方は一変する。
例えば、その周回の回数や間隔は貴方次第で可変だ。回数が標準的に言われる最低でも5回で模試や答練の得点に納得できなければ7回でも10回でも選べる。間隔も二回目は一回目から1日後でなくそれは1時間後や三回目は二回目から1週間後でなく3日後にする方法も選択できる。結果、過去問解法の習得が激変する。
加えて、その回毎に関わる解法の覚え方も同様だ。解法解説の要点を暗唱するだけで覚えられたり、そうできなければ図解やコーネル式ノートやマインドマップを使ってより良く覚えられたりもする。あるいは「なぜ・どのようにして正答するのか」を自分が自身に一人レクチャーする方法も貴重な「無知の知」を与えてくれる。
他方、年度末や新年度の多忙、それらに纏わる人間関係などの現実が到来する。だが、そんな現実ごときが貴方の過去問周回に関わる楽しみ、合格を目指す意志に決して追いつけない。いずれにしても、本試験を迎えるまでの受験勉強は知的なマラソンである。イヤイヤ走るも価値を創って走るも貴方次第だ。好きになさればよい。
過去問の周回に関する健闘を祈る
GoodLuck

